****『拝啓、あしながおじさん。 お元気ですか? わたしは今日も元気いっぱいです。 先月のお手紙でもお知らせした通り、今日は純也さんからのお招きでさやかちゃん・珠莉ちゃんと一緒に東京の原宿に行ってきました。 朝からいいお天気で、絶好のお出かけ日和でした。 東京って、というか原宿って、楽しい街ですね! 色んなお店や場所に行きました。ミュージカルを鑑賞した劇場、オシャレなカフェ、可愛い雑貨屋さん、古着屋さん、クレープ屋さんに高級ブランドのショップ、レインボーわたあめのお店……。 どこも面白くて、何から書いていいか分からないくらいです。 純也さんとは、午後一番でJR原宿駅の前で待ち合わせしてました。いつもはスーツ姿の純也さんも、今日はちょっとカジュアルな私服姿。でも背が高いので、モデルさんみたいでカッコよかったです! わたしたち四人は、まずは駅前のオシャレなカフェでランチを頂きました。 食後はミュージカルの開演時刻まで時間があったので、竹下通りを散策してました。その時に、雑貨屋さんでさやかちゃんが見つけてくれた三人お揃いの可愛いスマホカバーを、純也さんがプレゼントしてくれました! わたしの誕生日が先月の四日だったことを知らなかった純也さんは申し訳なさそうに、「知ってたら、先月寮に来た時に何かプレゼントを用意してたんだけど」っておっしゃってました。でも、わたしは一ヶ月遅れの誕生日プレゼントでも、すごく嬉しかったんです。男の人からのプレゼントなんて初めてだったから(あ、おじさまがお見舞いに送って下さったお花は別です)。 その後、バッタリ治樹さんに会いました。さやかちゃんはお兄さんとの遭遇にちょっと迷惑そうでしたけど、珠莉ちゃんが何だか治樹さんのこと気に入っちゃったみたいで……。わたしには分かる気がします。もしかしたら、珠莉ちゃんは治樹さんに恋してるんじゃないかって。 ミュージカルが上演された劇場は、渋谷駅の近くにあります。わたしは劇場に入ったのが初めてで、すごくワクワクしてました。 上演されたプログラムは、わたしがまだ読んだことのない小説が原作になってる作品でしたけど、すごくいい作品でした。 歌もダンスもお芝居も、そしてキラキラした舞台装置も素晴らしくて、夢を見てるみたいでした。そして何より、お話の内容にも魅了されました。 プロの俳優さんっ
劇場を出た後は、お買いものタイム! わたしも古着屋さんを数軒回って、夏物の洋服とか靴を安く買いました。珠莉ちゃんなんか、両手にいっぱい紙袋を抱えて、それでもまだ買いたいものがあるって言って、セレクトショップへさやかちゃんを引っぱって行きました。 でもそれは、わたしを純也さんと二人きりにしようっていう二人の作戦みたいで、わたしはその後しばらく純也さんと二人で行動することになりました。 わたしたちは一緒に本屋さんに行って、表参道駅の近くで休憩。純也さんとは色んなお話をして、連絡先も交換してもらいました。純也さんがそうしたかったらしくて。彼はどうも、珠莉ちゃんに気兼ねすることなくわたしと連絡を取りたかったそうです。わたしの方が、「本当にいいの?」って思っちゃいました。 最後に四人でクレープを食べて(そのお店では、わたしと純也さんの二人がタピオカ初体験でした!)、それから原宿駅で純也さんとお別れしました。 珠莉ちゃんはリッチだから、金額なんて気にしないで欲しいものをホイホイ買うことができますけど。わたしは横浜に来てすぐにそれで失敗してるので、キチンと値段を確認して、お財布の中身と相談して安く買えるものは安く買うっていう工夫ができるようになりました。やっぱり、ムダ遣いはよくないし。自分の力で生活できるようになった時に困らないように、〝節約する〟ってことも覚えなきゃ! そうでしょう、おじさま? 話が逸(そ)れちゃいましたね。今日のお出かけで、わたしの恋は一歩前進したと思います。 純也さんはわたしに、「出会えてよかった」っておっしゃってくれました。さやかちゃんによれば、それは告白されたも同じことだ、って。 それはわたしも同じです。わたしも、純也さんに出会えてよかったって思ってます。でも、はっきり「好きだ」って言われたわけじゃないから、彼の気持ちがまだちゃんと分かりません。それでも、わたしと純也さんはお付き合いしてるってことになるんでしょうか? 初めてのことだから、よく分からなくて。 長くなっちゃいましたね。今日はここまでにします。おじさま、おやすみなさい。 五月三日 愛美 』****
――愛美たちの原宿散策から一ヶ月が過ぎ、横浜は今年も梅雨入りした。「――愛美、あたしこれから部活だから。お先に」 終礼後、スポーツバッグを提げたさやかが愛美に言った。「うん。暑いから熱中症に気をつけてね」 梅雨入りしたものの、今年はあまり雨が降らない。今日も朝からよく晴れていて蒸し暑い。屋外で練習する陸上部員のさやかには、この暑さはつらいかもしれない。「あら、さやかさんもこれから部活? 私もですの」「アンタはいいよねー。冷房の効いた部室で活動できるんだもん」「そうでもないですわよ? お茶を点(た)てるときのお湯は熱いし、着物も着なくちゃならないから」 珠莉は茶道部員である。さすがに活動のある日、毎回和装というわけではないけれど、定期的に野(の)点(だて)を開催したりするので、大変は大変なのだ。「へえー、そういうモンなんだぁ。どこの部も、ラクできるワケじゃないんだねー。――愛美も今日は部活?」「ううん。文芸部(ウチ)は基本的に自由参加だから、わたしは今日は参加しないよ」「え~~~~、いいなぁ。……じゃあ行ってくるね」「うん。行ってらっしゃい」 親友二人を見送り、自分も教室を出ようと愛美が席を立つと――。「相川さん、ちょっといいかしら?」 クラス担任の女性教師・上村(うえむら)早苗(さなえ)先生に呼び止められた。 彼女は四十代の初めくらいで、国語を担当している。また、愛美が所属している文芸部の顧問でもあるのだ。「はい。何ですか?」「あなた、今日は部活に参加しないのよね? じゃあこの後、ちょっと私に付き合ってもらってもいい? 大事な話があって」「はあ、大事なお話……ですか? ――はい、分かりました」(大事な話って何だろう? まさか、退学になっちゃうとか!?) 愛美は頷いたものの、内心では首を傾げ、イヤな予感に頭を振った。 (そんなワケないない! わたし、退学になるようなこと、何ひとつしてないもん!) とはいうものの、先生から聞かされる話の内容の予想がまったくできない愛美は、小首を傾げつつ彼女のあとをついて行った。 * * * *「――相川さん、ここで座って待っていてね。先生はちょっと事務室でもらってくるものがあるから」「はい」 通されたのは職員室。上村先生は、その一角の応接スペースで待っているように愛美に伝
「――お待たせ、相川さん。あなたに話っていうのはね、――実は、あなたに奨(しょう)学(がく)金(きん)の申請を勧めたいの」「えっ、奨学金?」 思ってもみない話に、愛美は瞬いた。「ええ、そうよ。あなたは施設出身で、この学校の費用を出して下さってる方も身内の方じゃないんでしょう?」「え……、はい。そうですけど」 上村先生(この先生)は何が言いたいんだろう? 保護者が身内じゃないなら、それが何だというんだろう?「ああ、気を悪くしたならゴメンなさい。言い方を変えるわね。……えっと、あなたは入学してから、常に優秀な成績をキープしてるわ。そしてあなた自身、『いつまでも田中さんの援助に頼っていてはいけない』と思ってる。違うかしら?」「それは……」 図星だった。愛美自身、〝あしながおじさん〟からの援助はずっと続くわけではないと思っていた。いつかは自立しなければ、と。 そして、ちゃんと独り立ちできた時には、彼が出してくれた学費と寮費分くらいは返そうと決めていたのだ。「この奨学金はね、これから先の学費と寮費を全額賄(まかな)える金額が事務局から出るの。大学に進んでからも引き続き受けられるから、保護者の方のご負担も軽くなるんじゃないかしら。大学の費用は、高校より高額だから」「はあ……」 大学進学後も受けられるなら、愛美としては願ったり叶ったりだ。大学の費用まで、〝あしながおじさん〟に出してもらうつもりはなかったから。そこまでしてもらうくらいなら、大学進学を諦める方がマシというものである。「まあ、一応審査もあるから、申請したからって必ず受けられるものでもないんだけれど。あなたの事情や成績なら、審査に通る確率は高いと思うの。これが申請用紙よ」 上村先生はそう言って、ローテーブルの上に一枚の書類を置いた。「あなたが記入する欄だけ埋めてくれたら、あとは事務局から保護者の方のところに直接書類を郵送して、そこに必要事項を記入・捺印(なついん)して送り返して頂くから。それで申請の手続きは完了よ」「分かりました。――わたしが書くところは……。あの、ペンをお借りしてもいいですか?」「ええ、どうぞ」 愛美は上村先生のボールペンを借りて、本人が記入すべき箇所(かしょ)をその場で埋めていく。「――先生、これで大丈夫ですか?」「書けた? ……はい、大丈夫。じゃあ、すぐに相
「そうね。それは相川さんに任せるわ。私からの話は以上です」「はい。先生、失礼します」 ――職員室を後にした愛美は、寮までの帰り道を歩きながら考え込んでいた。(奨学金……ねぇ。そりゃあ、受けられたらわたしも助かるけど……。おじさまは気を悪くしないのかな……?) 彼はよかれと思って、厚意で愛美の援助に名乗りを上げたのだ。他に手助けしてくれる人がいないのなら、自分が――と。 それに水を差されるようなことをされて、「もう援助は打ち切る」と言われてしまったら……?(もちろん、奨学金でもわたしのお小遣いの分までは出ないから、それはこの先もありがたく受け取るつもりでいるけど) 今までのようにはいかなくても、お小遣いの分だけでも愛美が甘えてくれたなら、〝あしながおじさん〟も自分のメンツが保てるんだろうか?「こんなこと、純也さんに相談してもなぁ……」 彼とは一ヶ月前に連絡先を交換してから、頻繁に電話やメッセージのやり取りを続けている。「困ったときには何でも相談して」とも言ってくれた。 でも、こればっかりは他人の彼が口出ししていい問題ではない気がする。「っていっても、もう手続きしちゃってるし。今更『やっぱりやめます』ってワケにもいかないし」 本校舎から〈双葉寮〉まで帰るには、途中でグラウンドの横を通る。グラウンドでは、さやかが所属する陸上部が練習の真っ最中だった。「――わあ、さやかちゃん速~い!」 百メートル走のタイムを測っていた彼女は、十二秒台を叩き出していた。「暑い中、頑張ってるなぁ」 本人に聞いた話では、五月の大会でも準優勝したとか。この分だと夏のインターハイへの出場も確実で、今年は夏休み返上かもしれない、とか何とか。「さやかちゃ~ん! お疲れさま~!」 愛美は親友の練習のジャマにならないように、その場から大声で声援を送った。すると、タオルで汗を拭きながらさやかが駆け寄ってくる。「愛美じゃん! さっきの走り、見てくれた?」「うん! スゴい速かったねー」 愛美は体育は得意でも苦手でもないけれど(強(し)いて挙げるなら、球技は得意な方ではある)。さやかは体育の授業で、どんな種目も他のコたちの群を抜いている。 中でも短距離走には、かなりの自信があるようで。「でしょ? この分だと、マジで今年は夏休み返上かも。あ~、キャンプ行きたかったなぁ」
「仕方ないよ。部活の方が大事だもんね」「まあね……。ところで愛美、今帰り? ちょっと遅くない?」 部活に出なかったわりには、帰りが遅いんじゃないかと、さやかは首を傾げた。「うん。あの後ね、上村先生に呼ばれて職員室に行ってたから。大事な話があるって」「〝大事な話〟? ってナニ?」 さやかは今すぐにでも、その話の内容を知りたがったけれど。「うん……。でもさやかちゃん、今部活中でしょ? ジャマしちゃ悪いから、寮に帰ってきてから話すよ。珠莉ちゃんも一緒に聞いてもらいたいし。――そろそろ練習に戻って」「分かった。じゃあ、また後で!」 さやかは愛美にチャッと手を上げ、来た時と同じく駆け足で他の部員たちのところへ戻っていった。 * * * *「――えっ、『奨学金申し込め』って?」 その日の夕食後、愛美は部屋の共有スペースのテーブルで、担任の上村先生から聞かされた話をさやかと珠莉に話して聞かせた。「うん。っていうか、その場で申請書も書いた。わたしが書かなきゃいけないところだけ、だけど」「書いた、って……。愛美さんはそれでいいんですの?」 珠莉は、愛美が自分の意思ではなく先生から無理強いされて書いたのでは、と心配しているようだけれど。「うん、いいの。わたしもね、おじさまの負担がこれで軽くなるならいいかな、って思ってたし。いつかお金返すことになっても、その金額が少なくなった方が気がラクだから」「お金……、返すつもりなんだ?」「うん。おじさまは望んでないと思うけど、わたしはできたらそうしたい」 愛美の意思は固い。元々自立心が強い彼女にとって、経済面で〝あしながおじさん〟に依存している今の状況では「自立している」ということにはならないのだ。 もし彼がその返済分を受け取らなくても、愛美は返そうとすることだけで気持ちの上では自立できると思う。「それにね、奨学金は大学に上がってからも受け続けてられるんだって。大学の費用まで、おじさまに出してもらうつもりはないから」「それじゃあ、あなたも私たちと一緒に大学に進むつもりなのね?」「うん。そのことも含めて、おじさまには手紙出してきたけど。さすがにこんな大事なこと、わたし一人じゃ決めらんないから」 愛美はまだ未成年だから、自分の意思だけでは決められないこともまだまだたくさんある。そういう点では、彼女は〝
「おじさまが賛成して下さるかどうかは分かんないけどね。一応おじさまが保護者だから、筋は通さないと」「律儀だねぇ、アンタ。何も進学のことまでいちいちお伺い立てなくても、自分で決めたらいいんじゃないの?」「それじゃダメだと思ったの。誰か、大人の意見が聞きたくて。……でも、誰に相談していいか分かんないから」「でしたら、純也叔父さまに相談なさったらどうかしら?」「えっ、純也さんに!? どうして?」 何の脈絡もなく、この話の流れで出てくるはずのない人の名前が珠莉の口から飛び出したので、愛美は面食らった。「ええと……、そうそう! 叔父さまは愛美さんにとって、いちばん身近な大人でしょう? きっと喜んで相談に乗って下さいますわ。愛美さんの役に立てるなら、って」「そ、そう……かな」 珠莉は何だか、取って付けたような理由を言ったような気がするけれど……。他に相談相手がいないので、今は彼女の提案に乗っかるしかない。「じゃあ……、電話してみる」 愛美は二人のいる前でスマホを出して、純也さんの番号をコールしてみた。〝善は急げ〟である。『――はい』「純也さん、愛美です。夜遅くにゴメンなさい。今、大丈夫ですか?」『うーん、大丈夫……ではないかな。ゴメンね、今ちょっと出先で』 純也さんは声をひそめているらしい。出先ということは、仕事関係の接待か何かだろうか?「あっ、お仕事ですか? お忙しい時にゴメンなさい。後でかけ直した方がいいですよね?」『いや、僕一人抜けたところで、何の支障もないから。――それよりどうしたの?』「えっ? えーっと……」 純也さんも忙しいようだし、あまり長話はできない。愛美は簡潔に要点だけを伝えることにした。「……実は、純也さんに相談に乗って頂きたいことがあって。電話じゃ長くなりそうなんで、ホントは会ってお話ししたいんですけど。何とか時間作って頂けませんか?」 電話の向こうで純也さんが「う~~ん」と唸り、十数秒が過ぎた。『そうだなぁ……、しばらく仕事が立て込んでるからちょっと。でも、夏には休暇取って、多恵さんのところの農園に行けそうだから、その時でもいいかな? ちょっと先になるけど』「はい、大丈夫です! 急ぎの相談じゃないから。――いつごろになりそうですか? 休暇」 この夏は、純也さんと一緒に過ごせる! それだけで、愛美の胸は躍るよ
* * * * ――その数週間後。すでに七月に入っていたある日。「相川さん、ちょっと」 短縮授業期間のため、午前の授業を終えて帰り支度をしていた愛美は、上村先生に手招きされた。「――先生? どうしたんですか?」「あなたの保護者の方から、今さっき奨学金の申請書が送り返されてきたそうよ」「えっ、そうなんですか? それで、必要事項は――」 もしも白紙で(愛美が埋めたところ以外は、という意味で)戻ってきたのなら、〝あしながおじさん〟は愛美が奨学金を受けることに反対。キチンと書かれていたのなら、反対はされなかったということなのだけれど。「キチンと埋められていたそうよ。というわけで、奨学金の申請はこれで無事に終わり。審査の結果は夏休み中に分かるはずだから、事務局からあなたに直接連絡があると思うわよ」「そうですか……。分かりました。知らせて下さってありがとうございます」 愛美は半信半疑ながらも、担任の先生にお礼を言った。(おじさま、反対しなかったんだ。――あれ? でも『あしながおじさん』のお話の中では……) あの物語の中では、ジュディが奨学金を受けることに〝あしながおじさん〟は猛反対で、何度も何度もグダグダと文句を書き連ねた手紙を秘書に出させていた。――あれは、彼女が自分の手を離れるのがイヤでやったことだと思うのだけれど……。(じゃあ、わたしの方のおじさまには、わたしの自立を後押ししたいって気持ちがあるってことなのかな?)「――ところで、今日は午後から文芸部の活動があるけど。相川さんは出られる?」 上村先生は、今度は文芸部顧問の顔になって愛美に訊ねた。「はい、出るつもりです。この夏に、ちょっと応募してみたい文芸コンテストがあって。その構想を練ろうかな、って」「そうなの? その年で公募にまでチャレンジするなんて、さすが小説家志望はダテじゃないわね」「……はあ。でも、他の部員の人たちもそうなんじゃないですか? みんな書くのは好きみたいだし」「そんなことないわよ。ほんの趣味程度にやってる子がほとんどね。プロの作家を目指してる子の方が珍しいくらいよ」 今年入ったばかりの一年生はまだどうか分からないけれど、二年生から上の部員はみんな文才がある。前年、部の主催で行われた短編小説コンテストでも、愛美以外の入選者はみんな文芸部の部員だった。「文才
* * * * というわけで、卒業式前の連休――というか厳密に言えば自由登校期間だけれど――の初日、二泊三日分の荷物を携えた愛美とさやかはJR長野駅の前に立っていた。「――愛美、あたしの分まで交通費全額出してもらっちゃって悪いね。でもよかったの?」「いいのいいの! わたし今、口座に大金入ってるから。ひとりじゃ使いきれないし、使い道も分かんないし」 冬休みに突然舞い込んできた二百万円というお金は、まだギリギリ高校生でしかも施設育ちの愛美にとってはとんでもない大金だった。作家として原稿料も振り込まれてくるけれど、さすがに百万円単位はケタが違う。印税でも入ってこない限り、そんな金額は目にすることがないと思っていた。「そっか、ありがとね」 多分、さやかもそんな大金はあまり見ないんじゃないだろうか。 そして、愛美に自分の分まで交通費を負担してもらったことを申し訳なく感じているだろうから、後で「立て替えてもらった分、返すよ」と言ってくるに違いない。その分を受け取るべきかどうか、愛美は迷っていた。 さやかの顔を立てるなら、素直に受け取るべきだろうけれど。愛美としては貸しにしているつもりはないので、返してもらうのも何か違う気がしているのだ。 それはきっと、もっと大きな金額を愛美に投資してくれている〝あしながおじさん〟=純也さんも同じなんだろうと愛美は思うのだけれど……。「――農園主の善三さんの車、もうすぐこっちに来るって。奥さんの多恵さんからメッセージ来てるよ」「そっか」 スマホに届いたメッセージを見せた愛美にさやかが頷いていると、二人の目の前に千藤農園の白いミニバンが停まった。助手席から多恵さんが降りてくる。「愛美ちゃん、お待たせしちゃってごめんなさいねぇ。――あら、そちらが電話で言ってたお友だちね?」「はい。牧村さやかちゃんです」「初めまして。愛美の大親友の牧村さやかです。今日から三日間、お世話になります」 さやかが礼儀正しく挨拶をすると、多恵さんはニコニコ笑いながら「こちらこそよろしく」と挨拶を返してくれた。「静かな場所で過ごしたくて、ここに来たいって言ったそうだけど、ウチもまあまあ賑やかよ。だからあまり落ち着かないかもしれないわねぇ」「いえいえ! 寮の食堂に比べたら全然静かだと思います。ね、愛美?」「うん、そうだね。多恵さん、ウ
――今年の学年末テストもバレンタインデーも終わり、卒業式が間近に迫った三月初旬。さやかが思いがけないことを愛美に言った。「卒業式前の連休、あたしも一緒に長野の千藤農園に行きたいな。愛美、執筆の息抜きに行きたいって言ってたじゃん」「えっ、わたしは別に構わないけど……。さやかちゃん、急にどうしたの?」 部屋の勉強スペースで執筆をしていた愛美は、キーボードを叩いていた手を止めて小首を傾げた。彼女が「千藤農園へ行きたい」なんて言ったことは今まで一度もなかったから。「いやぁ、愛美がいいところだって言ってたし、あたしも前から一度は行ってみたいと思ってたんだよね。純也さんのお母さん代わりだったっていう人にも会ってみたかったしさ。っていうかぶっちゃけ、最近食堂がうるさくてストレスなんだわ」「あー……、確かに。会話もままならない感じだもんね」 さやかも言ったとおり、最近〈双葉寮〉の食堂では特に夕食の時間、みんなが一斉におしゃべりをする声が大きくこだましてやかましいくらいである。隣り同士や向かい合って座っていても、話す時には手でメガホンを作って「おーい!」とやらなければ聞こえないのだ。そりゃあストレスにもなるだろう。「分かった、わたしから連絡取ってみるよ。この時期だと……、農園では夏野菜の苗を植え始めたりとかでちょっとずつ忙しくなるだろうから、一緒にお手伝いしようね。あと、純也さんと二人で行った場所とかも案内してあげる」「やった、ありがと! 野菜育てるお手伝いなら、ウチもおばあちゃんが家庭菜園やってるからあたしもよくやってたよ。じゃあ、連絡よろしくね」「うん」 愛美のスマホには、千藤農園の電話番号はもちろん多恵さんの携帯電話の番号も登録してある。愛美から連絡したら、多恵さんはびっくりしながらも喜んでくれるだろう。ましてや、今回は一人ではなく友だちも一人連れていくんだと言ったら、大喜びで歓迎してくれるだろう。「じゃあ、原稿がキリのいいところまで書けたら、さっそく多恵さんに電話してみよう」 という言葉どおり、愛美は執筆がひと段落ついたところで多恵さんの携帯に電話した。
* * * * 部活も引退したことで執筆時間を確保できるようになった愛美は、本格的に新作の執筆に取りかかることができるようになった。「――愛美、まだ書くの? あたしたち先に寝るよー」 〝十時消灯〟という寮の規則が廃止されたので、入浴後に勉強スペースの机にかじりついて一心不乱にノートパソコンのキーボードを叩き続けていた愛美に、さやかがあくび交じりに声をかけた。横では珠莉があくびを噛み殺している。「うん、もうちょっとだけ。電気はわたしが消しとくから、二人は先に寝てて」 本当に書きたいものを書く時、作家の筆は信じられないくらい乗るらしい。愛美もまさにそんな状態だった。「分かった。でも、明日も学校あるんだからあんまり夜ふかししないようにね。じゃあおやすみー」「夜ふかしは美容によろしくなくてよ。それじゃ、おやすみなさい」 親友らしく、気遣う口調で愛美に釘を刺してから、さやかと珠莉はそれぞれ寝室へ引っ込んでいった。「うん、おやすみ。――さて、今晩はあともうひと頑張り」 愛美は再びパソコンの画面に向き直り、タイピングを再開した。それから三十分ほど執筆を続け、キリのいいところまで書き終えたところで、タイピングの手を止めた。「……よし、今日はここまでで終わり。わたしも寝よう……」 勉強部屋の灯りを消し、寝室へスマホを持ち込んだ愛美は純也さんにメッセージを送った。 『部活も引退したので、今日からガッツリ新作の執筆始めました。 今度こそ、わたしの渾身の一作! 出版されたらぜひ純也さんにも読んでほしいです。 じゃあ、おやすみなさい』 送信するとすぐに既読がついて、返信が来た。『執筆ごくろうさま。 君の渾身の一作、俺もぜひ読んでみたいな。楽しみに待ってるよ。 でも、まだ学校の勉強もあるし、無理はしないように。 愛美ちゃん、おやすみ』「……純也さん、これって保護者としてのコメント? それとも恋人としてわたしのこと心配してくれてるの?」 愛美は思わずひとり首を傾げたけれど、どちらにしても、彼が愛美のことを気にかけてくれていることに違いはないので、「まあ、どっちでもいいや」と独りごちたのだった。 高校卒業まであと約二ヶ月。その間に、この小説の執筆はどこまで進められるだろう――?
――そして、高校生活最後の学期となる三学期が始まった。「――はい。じゃあ、今年度の短編小説コンテスト、大賞は二年生の村(むら)瀬(せ)あゆみさんの作品に決定ということで。以上で選考会を終わります。みんな、お疲れさまでした」 愛美は部長として、またこのコンテストの選考委員長として、ホワイトボードに書かれた最終候補作品のタイトルの横に赤の水性マーカーで丸印をつけてから言った。 (これでわたしも引退か……) 二年前にこのコンテストで大賞をもらい、当時の部長にスカウトされて二年生に親友してから入部したこの文芸部で、愛美はこの一年間部長を務めることになった。でも、プロの作家になれたのも、あの大賞受賞があってこそだと今なら思える。この部にはいい思い出しか残っていない。 ……と、愛美がしみじみ感慨にふけっていると――。「愛美先輩、今日まで部長、お疲れさまでした!」 労(ねぎら)いの言葉と共に、二年生の和田原絵梨奈から大きな花束が差し出された。見れば、他の三年生の部員たちもそれぞれ後輩から花束を受け取っている。 これはサプライズの引退セレモニーなんだと、愛美はそれでやっと気がついた。「わぁ、キレイなお花……。ありがとう、絵梨奈ちゃん! みんなも!」「愛美先輩とは同じ日に入部しましたけど、先輩は私にいつも親切にして下さいましたよね。だから、今度は私が愛美先輩みたいに後輩のみんなに親切にしていこうと思います。部長として」「えっ? ホントに絵梨奈ちゃん、わたしの後任で部長やってくれるの?」 いちばん親しくしていた後輩からの部長就任宣言に、愛美の声は思わず上ずった。「はい。ただ、正直私自身も務まる自信ありませんし、頼りないかもしれないので……。大学に上がってからも、時々先輩からアドバイスを頂いてもいいですか?」「もちろんだよ。わたしも部長就任を引き受けた時は『わたしに務まるのかな』ってあんまり自信なくて、後藤先輩とか、その前の北原部長に相談しながらどうにかやってきたの。だから絵梨奈ちゃんも、いつでも相談しに来てね。大歓迎だから」 「ホントですか!? ありがとうございます! でもいいのかなぁ? 愛美先輩はプロの作家先生だから、執筆のお仕事もあるでしょう?」「大丈夫だよ。むしろ、執筆にかかりっきりになる方が息が詰まりそうだから。絵梨奈ちゃんとおしゃべりして
それはともかく、わたしは園長先生から両親のお墓の場所を教えてもらって、クリスマス会の翌日、園長先生と二人でお墓参りに行ってきました。〈わかば園〉で聡美園長先生たちによくして頂いたこと、そのおかげで今横浜の全寮制の女子校に通ってること、そしてプロの作家になれたことを天国にいる両親にやっと報告できて、すごく嬉しかったです。 園長先生はさっそくわたしが寄付したお金を役立てて下さって、今年のクリスマス会のごちそうとケーキをグレードアップさせて下さいました。おかげで園の弟妹たちは大喜びしてくれました。まあ、ここのゴハンだって元々そんなにお粗末じゃなかったですけどね。 そしておじさま、今年もこの施設の子供たちのためにクリスマスプレゼントをドッサリ用意して下さってありがとう。もちろん、おじさまだけがお金を出して下さったわけじゃないでしょうけど。名前は出さなくても、わたしにはちゃんと分かってますから。 お正月には、施設のみんなで近くにある小さな神社へ初詣に行ってきました。やっぱりおみくじはなかったけど……。 もうすぐ三学期が始まるので、また寮に帰らないといけないのが名残惜しいです。やっぱり〈わかば園〉はわたしにとって実家でした。三年近く離れて戻ってきたら、ここで暮らしてた頃より居心地よく感じました。 三学期が始まったら、文芸部の短編小説コンテストの選考作業をもって文芸部部長も引退。そして卒業の日を待つのみです。わたしはその間に、〈わかば園〉を舞台にした新作の執筆に入ります。今度こそ出版まで漕ぎつけられるよう、そしておじさまやみんなにに読んでもらえるよう頑張って書きます! ここにいる間にもうプロットはでき上って、担当編集者さんにもメールでOKをもらってます。 では、残り少ない高校生活を楽しく有意義に過ごそうと思います。 かしこ一月六日 愛美』****
****『拝啓、あしながおじさん。 新年あけましておめでとうございます。おじさまはこの年末年始、どんなふうに過ごしてましたか? わたしは今年の冬休み、予定どおり山梨の〈わかば園〉で過ごしてます。新作の取材もしつつ、弟妹たちと一緒に遊んだり、勉強を見てあげたり。 施設にはリョウちゃん(今は藤(ふじ)井(い)涼介くん)も帰ってきてます。新しいお家に引き取られてからも、夏休みと冬休みには帰ってきてるんだそうです。向こうのご両親が「いいよ」って言ってくれてるらしくて。ホント、いい人たちに引き取ってもらえたなぁって思います。おじさま、ありがとう! お願いしててよかった! リョウちゃんは今、静岡のサッカーの強豪高校に通ってて、三年前よりサッカーの腕前もかなり上達してました。体つきも逞しくなってるけど、あの無邪気な笑顔は全然変わってなかった。「やっぱりリョウちゃんだ!」ってわたしも懐かしくなりました。 そして、わたしが今回いちばん知りたかったこと――両親がどうして死んでしまったのかも、聡美園長先生から話を聞かせてもらえました。 わたしの両親は十六年前の十二月、航空機の墜落事故で犠牲になってたんです。で、両親は事故が起きる二日前に、小学校時代の恩師だった聡美園長にまだ幼かったわたしを預けたらしいんです。親戚の法事に、どうしてもわたしを連れていけないから、って。でも、それが最後になっちゃったそうで……。 幸いにも両親の遺体は状態がよかったから、園長先生が身元
「わたしが作家になれたのも、その人のおかげなんだよ。だから、わたしも感謝してるの」「そっか。うん、めちゃめちゃいい人だよな。で、姉ちゃん。さっき言ってた『新作のための取材』ってどういうこと?」「あのね、新作はここを舞台にして書くつもりなの。ここにいた頃のわたしを主人公のモデルにして。……この施設がわたしの、作家としての原点だと思ってるから」 もし両親が生きていて、この施設で暮らすことがなかったとしたら、愛美は果たして「作家になりたい」という夢を抱いていただろうか……? そう思うと、やっぱり愛美の作家としての原点はここなのだと愛美は思うのだった。「オレも久しぶりに愛美姉ちゃんと過ごせて嬉しいよ。静岡に行って、高校に上がってから夏休みにもここに帰ってきてたけど、姉ちゃんがいないと淋しかったからさ。また一緒にサッカーの練習、付き合ってよ」「いいよ。でもリョウちゃん、サッカー上手くなってるからついて行けるかな……」 三年近く会っていない間に、彼のサッカーはグンと上達している。サッカーの強豪校に進学させてもらったからでもあると思うけれど、今の涼介に愛美はついて行けるかちょっと不安だ。「大丈夫だよ、一緒にボールを追いかけられるだけでオレは楽しいから」「そっか」 いちばん年齢の近かった涼介と再会できただけで、愛美はここを離れていた三年間という時間がまた巻き戻ったような気持ちになった。 * * * * その夜、〈わかば園〉では施設を卒業した愛美と涼介も参加してのクリスマス会が行われた。 今年のクリスマス会は、早速愛美が寄付したお金も使われたのか例年に増してケーキもごちそうも豪華になっていて、子供たちも大喜びだった。 そして、例年どおり〝あしながおじさん〟=田中太郎氏=純也さんを含む理事会から子供たちへのクリスマスプレゼントもどっさり用意されていて、「そうそう、これがここのクリスマスだったなぁ」と懐かしくなった。
* * * * 愛美は宿舎へ向かう前に、庭の方を通りかかった。サッカー少年の涼介が、今日もここでサッカーの練習をしているような気が下から。 今もこの施設に暮らす男の子たちに混ざって、高校生くらいの少年が一人、サッカーボールを追いかけながら走っている。愛美は彼の顔に、自分がよく知っている少年の面影を見た。「――あっ、やっぱりいた! お~い、リョウちゃーん!」 手を振りながら呼びかけると、驚きながらも手を振り返してくれた少年――小谷涼介は、身長が少し伸びて筋肉もついているけれど、顔は三年前とほとんど変わっていない。「愛美姉ちゃん! 久しぶり……っていうかなんでここに? ――あ、ちょっとごめん! お前ら、今日の練習はここまで。もうすぐ晩メシだから、ちゃんと手洗えよ!」 子供たちのコーチをしていたらしい涼介は、泥まみれになっている彼らに練習の終了を告げた。三年近くここに帰ってこない間に、彼もすっかり〝お兄さん〟になっていた。「リョウちゃん、元気そうだね。わたしもね、今年の冬休みの間はここで過ごすことにしたんだよ。新作のための取材も兼ねてるんだけど」「そっか。そういや愛美姉ちゃん、作家になったんだよな。おめでと。オレも本買ったよ。義父(とう)さんも義母(かあ)さんも、『この本は施設にいた頃のお姉ちゃんが書いたんだ』ってオレが言ったら二人とも買ってくれてさ。ウチにはあの本が三冊もあるんだぜ」「そうなんだ? リョウちゃん、すっかり新しいお家に馴染んでるみたいだね。よかった」 自分が〝あしながおじさん〟=純也さんにお願いして見つけてもらった涼介の養父母。彼がその家に馴染んでいるか、愛美はずっと心配だったけれど、彼の口ぶりからしてすっかり気に入っているようでホッとした。「うん。二人とも、オレにすごくよくしてくれてるよ。園長先生から聞いたんだけど、愛美姉ちゃんが理事の人に頼み込んで見つけてくれたんだよな? 姉ちゃん、ありがとな」「ううん、わたしはただお願いしただけで、実際に動いてくれたのはその理事の人だよ。わたしの時にも手を差し伸べてくれたから、リョウちゃんのことも何とかしてくれるかな……と思ってダメもとでお願いしたら、ちゃんとしてくれて。ホント、いい人でしょ?」 彼はお金を出してくれて終わりではなく、常に相手にとって最善の方法を見つけてくれる。 愛
愛美の答えを聞いた園長は、困ったような笑みを浮かべた。「……実はね、愛美ちゃん。辺唐院さんも今月の第一水曜日にここへいらした時、私におっしゃってたのよ。『どうやら彼女は、僕の正体に気づいているみたいです』って。あなたは頭のいい子だから、いずれはこうなると思ってらっしゃったみたいで。もしかしたら、あなたに本当のことを打ち明けるタイミングを計りかねている感じだったわ」「そう……なんですか? だとしたら、彼はいつごろわたしに打ち明けてくれるつもりなんだろう……?」 彼がタイミングを計っていることは間違いないだろうけれど。打ち明けると愛美と気まずくなるのを恐れて、なかなか打ち明けられないというのもあるのかもしれない。「――とにかく、今日から二週間はあなたも実家に帰ってきたつもりで、ここでお過ごしなさい。ちゃんと取材には応じてあげるから。あとは子供たちの相手をしてくれたり、事務作業を手伝ってくれると助かるけれど。それはあくまであなたの意思に任せるわね」「はい」「あなたはまた六号室で寝泊まりしてもらおうかしらね。みんな、愛美お姉ちゃんと一緒に寝るのを楽しみにしてるから」「分かりました。六号室かぁ……、懐かしいなぁ」 愛美はここを巣立っていくまでずっと、六号室で五人の幼い弟妹たちと過ごしていたのだ。あれから三年近く経って、あの子たちも大きくなったことだろう。幼稚園の年長組だった子も、小学三年生になっているはずだ。「あ、あとね、涼介君も今、施設に帰ってきてるのよ。引き取られた先のご両親が、夏休みと冬休みにはここに帰ってきてもいいっておっしゃったらしくて」「えっ、リョウちゃんも? 嬉しいな」「ええ。今夜はクリスマス会をやるから、愛美ちゃんも参加してね。涼介君も参加したいって言ってたから。お正月にはみんなでまた近くの神社へ初詣に行きましょうね」「はい!」 まるで自分の祖母のような園長とのやり取りで、愛美はあっという間に三年前に引き戻されたような懐かしい気持ちになった。このアットホームな雰囲気が、この園での生活が楽しいと感じたいちばんの理由だった。「――そういえば、その服の感じも懐かしいわね。愛美ちゃん、ここにいた頃もよくブルーのギンガムチェックの服を着てた憶えがあるわ」 園長はふと、愛美が着ているブルーのギンガムチェックのシャツを眺めて目を細める。ボト